初めて知った、セーヴル・宮廷の磁器 ― 細見美術館で

お出掛け

行く前のこと

フランスが好きだ。
だから今回は、フランスの貴族が実際に使っていた食器を見てみたくて、細見美術館のセーヴル展に行くことにした。

美術館にはたまに行く。
でも、知識を仕入れてから行くタイプではない。
作品の背景や年代よりも、まずは「見たときにどう感じるか」を大事にしている。

とはいえ、正直なところ、行く前は少し引っかかっていた。
入場料が2,000円。
食器を見るだけで2,000円かあ……と。

食器なら、デパートでも専門店でも見られる。
もっと言えば、写真だってたくさんある。
「わざわざ美術館で見る必要ある?」
そんなことを思いながら、少し迷いつつ京都に向かった。

セーヴル展について

今回訪れたのは、細見美術館で開催されているセーヴル展
会期は2026年2月1日まで。あと少しだった。間に合った。
展示室内は撮影禁止だった。

フランス王立セーヴル磁器製作所の作品を中心に、
かつてフランスの貴族たちが使っていた磁器が展示されている。

事前に詳しい説明を読んで行ったわけではないけれど、
「フランス」「貴族」「食器」という言葉の組み合わせだけで、
どこか非日常の空気を感じられそうだとは思っていた。

思った以上に芸術作品

展示を見てまず驚いたのは、色の鮮やかさだった。
思っていた以上に、はっきりと、強い色をしている。

どうやったら、こんな色が出せるのだろう。
それに、何百年も前のものとは思えないほど色が残っている。
ずっと大事にしまわれていたのだろうか、と思うくらいだった。

これはもう、食器というより芸術品だ。
「使うもの」というより、「見るもの」。

色の鮮やかさもすごいけれど、細かさもすごい。
絵がとにかく繊細で、緻密で、精密。
一枚一枚、じっと見入ってしまう。

これを日常で使うのだろうか。
食べ物をのせる?
飲み物をのせる?
植木をのせる?

……いや、無理だ。
何をのせても、器のほうが主役になってしまう。

贅を尽くした作品だろう。
本当に素敵で、うっとりする。

でも、だんだんと、少し違う気持ちも湧いてきた。
ここまで贅を尽くしていたら、
平民はそりゃあ、怒るよな……と。

同時に、こんなことも思った。
芸術がここまでの形で残るには、
ある程度のわがままや過剰さが、必要だったのかもしれない。

そう思うと、美しさと一緒に、少しの切なさも胸に残った。

特に印象に残ったところ

特に印象に残ったのは、まずだった。
ポンパドゥール・ピンク、グリーン、そして深い深い青。品のある金。
どれも強いのに、うるさくない。不思議な色だ。

次に目を奪われたのは、デザイン
カップや器の蓋の部分が、花びらのような形になっている。
持ったら壊れてしまいそうだし、隙間に汚れが入りそうで、実用性だけ考えたら不安になる。

それなのに、このデザイン。
美しさを優先した形が、ここまで徹底している。

取っ手も印象的だった。
二つの取っ手が交差するように付いていて、かなり変わった形。
「なぜこうしたんだろう」と思いながら、しばらく見てしまった。

もうひとつ、印象に残ったデザインがある。
カップソーサーに、しっかりと深さがあり、カップがスポッと収まる形のもの。

見た瞬間、「これはよく考えられてる」と思った。

病床に就くことが多かったポンパドゥール夫人のために作られた、という説明を読んで、なるほどと思う。
安定するように、こぼれにくいように、そんな配慮が形になっている。
ただ派手なだけではなく、その人の生活に合わせて、ここまで考え抜かれている。

そして最後に、贅沢さ
ロシアのエカテリーナ2世に贈られたものと同様の作品。
小さなカメオが付いていて、その周りも細かな装飾がびっしり施されている。

これは、もう理屈抜きで見とれてしまった。

細見美術館という場所

細見美術館は、よく行く京セラ美術館のように大きな美術館ではない。
展示数も、比べると多くはない。

入場料は、だいたい同じくらい。
そう思うと、少し高いかも、という気持ちも正直あった。

ただ、平日だったからか、館内はそれほど混んでいなかった。
人に押されることもなく、立ち止まりたいところで立ち止まれる。
ひとつひとつの作品を、かなりゆっくり見ることができた。

結果的には、この展示には、この規模が合っていた気がする。
静かに見る、という行為そのものを楽しめた。

見終わってから思ったこと

実はこのあと、大丸京都の画廊で行われていたセーブルの展示(1月20日まで)も見に行った。
そこで、値段を見て、正直びっくりした。

美術館で展示されていたものは、
きっと値段など付けられないものなのだろうけれど、
それでも「こんなにすごいものだったのか」と、改めて思った。
それまでセーブルを知らなかった。お恥ずかしい。

あれは、本当に使われていた食器だったのだろうか。
日常の中で、あの器に食べ物をのせていたのだろうか。
そう考えると、また少し驚く。

最初は、
「食器を見るだけで2,000円かあ」と思いながら行ったけれど、
見終わってから振り返ると、
あの場所で、あの距離で、あの空気ごと見られたこと自体が、
展示の価値だったのかもしれない。

おわりに

展示を見たあと、近くにある
**オーストリア・ハプスブルク家御用達のベーカリー
「ホーフベッカライ エーデッガー・タックス」**にも立ち寄った。

マリー・アントワネットが、ショコラに浸して食べていたという
「王妃のビスキュイ」が、期間限定で販売されていると知っていたからだ。

ただ、私が行ったのは夕方。
ほとんど何も残っていなかった。
わざわざ、ベーカリーが開いている日に合わせて美術館に行ったのに。

少し残念だったけれど、それでもお土産は買った。

持って帰ったお土産を娘が食べて「うま、うま、うま」と何度も連呼していた。

展示を見てから、同じ時代につながる味を想像する。
それだけで、この一日は、少し特別なものになった気がする。

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